ふんわり優しい暮らし

少しずつ心を解放しています。

【「原因」と「結果」の法則の感想】

先日、自己否定は
自分に対する暴力や攻撃で
あると感じたことを
ブログの記事にしました。

攻撃性が自分へ向くか、
他人を含む回りの環境へ向くか。

ハラスメントやいじめ
八つ当たりを起こす人と、
まわりにあわせて
自分を殺してしまう人は、

他責か自責かの違いだけで、
人間性や抱えている心の傷みなどは
同じではないかという考えです。

https://amimia.hatenablog.com/entry/2019/05/23/205217

ちょっと極端すぎる考えかな・・・
と思っていたら、

100年以上前の1902年に
哲学者のジェームズ・アレン氏によって
書かれた

「原因」と「結果」の法則
(坂本貢一訳、サンマーク出版)

という本の中に、
少し似た内容をみつけました。

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p.62
"じつをいうと、
搾取する人たちと搾取される人たちは、
たがいに協力しあっている
人たちなのです。
そしてかれらは、
どちらもつねに苦悩を手にし、
その責任を相手側に向けていますが、
実際に悪いのは
自分たち自身にほかなりません。"


責任を相手側に
向けるというのは

例えば本来自分で整理すべき
感情や心の傷みなどを
相手になすりつけてまぎらわせたり
相手から傷つけられたことを理由に
目をそらしたり
自分が傷つくことで安全な環境を
手にいれたり・・・

といったことでしょうか。

私の場合は、
犠牲になることで
自分に言い訳できる
環境を手にしていたし
まわりから健気ないい子だと
思われたかったんだと
思います。


これからは、
心を殺すのをやめて
自分に正直に生きたい。
でもどうしたらいいのか
イメージが掴めずに
悩んでいたところ、
この文章にピンときました。

p.63
"人間はあらゆる身勝手な
欲望を放棄しているとき、
搾取する側、される側の
どちらにも属していません。
そして、そのとき人間は
真に自由な状態にあります"

私は今まで、
搾取する側、される側が
バランスを保ちながら
共存する場所に
苦しみながらも執着して
生きてきたのだと思います。

でも搾取する側、される側の
どちらも選ばなくていい
生き方があるらしく
私もその生き方を選択したいです。

そのために必要なのは
欲望を手放すこと。

本の中で書かれている
欲望の意味は
私にはよく
わからなかったのですが、

欲望を手放すというのは
目先のことや
次元の低いことに
とらわれずに
高い信念や志に基づいて
生きるということなのかなと
解釈ました。

もちろんそれは
今までやってきた
我慢して心を殺すような
結果に固執するやり方ではなく

怠けや依存といった
心の弱さに負けない
選択を続けていくことなのかなと
思います。

孤高に生きるって
大変そうだけど
かっこいいなって思います。

がんばろ~\(^-^)/

ami